その日暮らしの記
ぼやき日記

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明るい未来が見えません

 ちくちくちくちく築きあげてきたものが、自分の計り知れない行為や存在によって、無残にも打ち砕かれてさらにマイナスからスタートせざるを得ないということはどういうことなのか。それは賽の河原の石積みにも似て、しかしながら理不尽さを感じずにはいられない。ここまで苦しまなければならない、己が罪とはなんなのだろうか。
 こんな日に限って業務はばたばたなのだが、前々から予定を組んでいたので、後始末は同僚に託していそいそと後楽園ホールへ向かう。みちのくプロレス主催の「覆面ワールドリーグ戦」を観るためである。さすがにドタキャンは効かなかったのでな。
 実は後楽園ホールでプロレスを観るのも初めて。リングサイドの席を購入していたのだが、私の席は北側で、コールも挨拶もアピールもみんな南側を向いてやりやがる(おそらくカメラの関係だろう)。常連さんには常識だったのかもしれないが、一見さんはつらいよ。
 さて問題の試合はというと、前半は若手中心だったせいか、いまいち盛り上がらず。技とかはアクロバティックなのであるが、いまいち説得力に欠けていた。個人的に期待していたメカマミー(笑)も、くすぐり程度(メカライガーになって出てきて、ロケットパンチが掌手になっているとか)でやや期待はずれだった。
 しかし後半になって大物クラスが出てくるようになると俄然盛り上がる。個人的にベストは菊タローかな(笑)。ノリの悪そうなタイガーマスク相手にちゃんと見せ場をつくっていた。ライガーはきっちり若手の壁となって相手を叩き潰し、メインは長年のライバル同士のベテランが(かなりの無茶はあったが)、見事に「試合」で締めくくってくれた。最後のサスケの「挫折と後悔の連続云々」というのは、ちと身に包まされたけれども。
 特に大きな番狂わせがなかったということもあり、決勝も無難な線で落ち着くのではないだろうか。タイガーマスクvsアトランティスの決勝で、タイガーマスクの優勝と予想。
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迷走学園

 昨日の「グラインドハウス」でフィルムが一巻分まるまる飛んだシーンをみてふと、あさりよしとおの漫画を思い出したのことよ。「……いやあ、先月号を読んでいない人は残念だなあ!」
 閑話休題。
 前の職場の同期で、私より前にこっちでバリバリ働いている友人が、この秋結婚することとなり、その日取りが決まった旨連絡が入る。めでたいめでたい。まあちと出費が痛いが(笑)、自分も含めどうもまわりで明るい話題が少なかったのでいいことではございますな。少しでも幸せをおすそ分けしてもらいまショー。

六本木ヒルズへ

 行きました。もちろん迷いました(笑)。つーか、無駄にでかいだけの建物って感じなんですけれども。と感じるのは私が田舎者だから?
 というわけで、そこで「グラインドハウス プラネット・テラー/デス・プルーフ」を観る。どうしても一挙上映で観ておきたかったので。クエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスが一昔前のB級エクスプロイテーション映画の雰囲気を再現しようとした映画。サムシング・ウィアードの予告編ビデオでよく流れていた、あの軽妙な音楽が冒頭からばんばん流れてくる。個人的にはもっとバッタモンくさいイメージを抱いていたので、意外ときれいに作りすぎていてちと拍子抜けの間もあり。もっと泥臭くて、もっと単純で、こっちの欲望をがんがん満たしてくれるやつを期待していたのだが。結局、「バッドテイスト」をテーマに、作り手が自分の好きなものを作ったということなのだろうか。まあ、馬鹿馬鹿しさではロドリゲスの方が高めでした。あとは上映順は「デス・プルーフ」⇒「プラネット・テラー」の方がよかったかも。


 続きはそんな中で個人的に一番エクスプロイテーションの雰囲気をつかんでいたなあと思った、イーライ・ロスの偽予告編「感謝祭」の動画を。この予告編なら、劇場まで観にいくよな(笑)。で、だまされると(笑)。ちとグロイので興味のある人だけ。

スキャナを

 買いました。給料出たので。しかしなんもかんも一台のPCで皆処理するというのも、大分限界が来ているようで。でもまあ、これ以上モノを増やしてどうしようというのか。
 「萩尾望都作品集1 ビアンカ」を読む。デビュー作を含めた作品集の一巻だが、実は萩尾望都の作品をまともに読むのは、ほとんど始めてだったりする。目当ては一部で評判の「ポーチで少女が子犬と」。昭和45年に「COM」で発表された異色SF短編。雨が降るというのに庭で子犬と戯れる少女。二階のベッドには母親が病気で寝ている。かかりつけの医師、姉とボーイフレンド、家政婦、父親たちが次々に現れて、皆口々に少女に家の中に入るように言うが、彼女は外の世界の不思議さや楽しさに夢中で、彼らの言葉に耳を傾けようとしない。やがて雨も止み、空には大きな虹がかかる。その美しさに目を奪われている少女に対し、家の中の家族たちがとった行動とは……。うわさどおりのラストは確かに衝撃的だったが、個人的には少女を除く家族のキャラクターのデザインが、永島慎二か真崎守が描くようなタッチであったことが印象的。発表誌が「COM」だから意図的に変えたのだろうが、そのことが家族の謎の行動に説得力と恐怖を深くしているように思う。長編も含めてもっと読んでみませう。

風と雲と虹と

 私が覚えている最も古い大河ドラマ(とはいえ、覚えていたのは将門が討たれるシーンだけだが)。このたびの全話DVD発売はまったくもってうれしい限り。やっとこ今日一話を見たのだが、めちゃめちゃ面白い。将門の誕生・紹介編として、彼を取り巻く環境や人間関係、キャラクターや思想、そして今後の展開を期待させる出会いなどを、壮大な音楽とともにテンポ良く描いていて、連続ドラマの第一回のお手本のような作品。続きが気になって仕方がない。オススメ。

コミケ明け

 大事をとって、事前に本日まで休みを取る。まあ得てして正解でしたな。一日だらだらとたまった作業や掃除など。しかし扇風機にめちゃくちゃ埃がたまっていて驚きましたがな。
 ぶらっと立ち寄ったコンビニで、「まんがタイム増刊 むんこコレクション」が出ていたので購入。ほとんど既読ではあるが、著者のおめでた等で若干新作のペースを落としているので、ここいらで補完補完。「愛の有罪判決」はカラーで再録してほしかったですが。
 フレドリック・ブラウン「殺人プロット」を読む。ブラウンの初期ミステリ長編。ラジオドラマのシナリオライターが書いた、未発表の新作のミステリドラマのプロットどおりに連続殺人が起きるのだが……というストーリー。ブラウンのミステリは、事件が起こっても主人公が一心不乱もしくは一直線に真相を突き止めようと活動を起こすということがなく、殺人があった後でもその主人公やそれを取り巻く人たちの日常が淡々と続き、その生活の中のふとしたきっかけで事件の真相が判明するというパターンが多いなあと、いまさらになって思う。その点が、作品のなかのミステリ度が低いような印象を受ける理由なのかもしれない。しかしリアル度から言えば、こっちの方が高いのではないか。誰が死のうが殺されようが、他の人間にとっての人生という名のショーは続けなければならないのだから……なんちゃって。
 ちと調べたらこの作品、なんと日本で翻案ドラマ化されている様子。「火曜サスペンス劇場」枠で「サンタクロース殺人事件」のタイトル(そのままや)で放送されたとか(平成2年12月25日放送)。観たいような観たくないような……。

コミケに行く その2

 はい、今日も行ってまいりました。ちと昨日より早くに出たせいか、行きの電車ががらがらで幸先いいかな、と思ったのが大間違い。早すぎて炎天下のなか入場制限に引っかかりましたとさ。ちゃんちゃん。中に入っても昨日以上の込み具合にふらふら。あとは……臭いですな(笑)。
 でもまあ10年分の鬱憤を晴らすかのように大量に買い込む。一部の人が期待しているような、エロや盗撮は一切なし(笑)。いろいろあったけど、祭りとしては楽しめたんじゃないかな。帰りの切符を落としてしまうというオチはありましたが。

 続きは購入本について。本当に奇特な人だけ。

コミケに行く人は

 知人に言わせると○○と同じで人間失格なそうな。そーかそーか。
 ……でも行きました。
 およそ10年ぶりぐらいかな。当時はまだりんかい副都心線が途中までしか開通しておらず、新木場からぐるっと回ったっけとか、最近はカタログもCD-ROMで出るようになって目当てのサークルも探しやすくなったよなとか、しみじみ回想などしていたのですが……途中まで。
 さすがに朝イチは避けて、昼ごろのんびり行けば空いてるだろうという甘い考えは、大井町の駅で電車を待つ人々の長蛇の列に挫かれてしまいましたのことよ。当然電車の中もパンパンで。会場についても人の波に流されていく自分がおりましたとさ。うわああ。
 とはいえ、友人に会う約束もあったので、意を決して流れに乗っかることにする。曇り空で気温もそれほど高くなかったのが良かったですな。これが昨日までの炎天下であったなら……くわばらくわばら。
 とりあえず中に入って事前チェックしたサークルをまわり、友人に挨拶して、あとはざっとめぼしい所だけを覗いて2時間ぐらいで退散いたしました。ああ、シンド。
 しかし……明日も行くつもりだったりしちゃったりするのですが(笑)


 蛇足として今日の購入物について。物好きな人だけ。

お盆ウィークということで 

 電車もすいて珍しく通勤時に座れたりして。座れるのはいいのだが、ついつい寝入ってしまう悲しさよ。今日も一駅乗り過ごしてしまいましたとさ。
 紀田順一郎「幻想と怪奇の時代」読了。幻想怪奇文学の第一人者である著者が、幼少時の原体験から同ジャンルの普及と発展に心血を注いだ自らの歴史を回想した前半部と、代表的な作家や作品に対する解説や論考を加えた後半部からなる二部構成となっている。個人的に楽しめたのはやはり前半の方。ホラーに関する認知度も情報も少なかった時代に、サラリーマン勤務の傍ら海外の出版社にカタログや作品をかたっぱしから注文し(1ドル=360円時代)、洋書店をしらみつぶしにあたって地道に収集や研究をすすめ、雑誌「幻想と怪奇」や全集「世界幻想文学大系」などの出版・成功へと昇華していく過程が熱く語られている。大伴昌司・荒俣宏などの個性的な協力者たちとの出会いやエピソードなども楽しく、一気に読み進めてしまった。今ではネットで上っ面の情報だけは簡単に手に入るが、その作品やジャンルに対する本質の部分については、それに対する熱意や愛情がないことには培うことはできないのだと実感するし、偉大なる先人たちへの敬意もあらためて感じさせてくれる。ここ何ヶ月かモチベーションも下がり気味だったので、ちと活力も与えられた気分。

再会の時

 昨日大学時代の先輩の家での焼肉パーチーにお呼ばれする。その日日はフツーに仕事だったので、業務終了後、いそいそと合流。だがなんでも昼間っからイベントは開始されていたらしく、もはやなんともグダグダな状態であった。すでに潰れているのも何人もいたしな(笑)。
 でもまあ、約10年ぶりぐらいの再会でもあったのが、話題に事欠くことなく昔みたいに話も弾んで楽しいイベントであった。何より今回の参加者のほとんどが、私が挫折した業界に残って大なり小なりなんとかやっているというのがうれしかった。継続は力なりという言葉をかみしめた次第。あともうひとつ共通していたことは、一人身ばかりということでしたな(離婚経験者も含む)。まあ幸せや景気のいい話はこれからこれから。
 結局終電間際までくっちゃべって、翌日(つまり今日)も仕事なので慌てて深夜に帰宅する。ところが久々でテンションが高くなったせいか熱帯夜のせいか、ちっとも眠くなりゃしない。やっと明け方近くにウトウトしはじめたら、今度は地震で飛び上がる。よりによってまあ……。おかげで今日はちっとも仕事にならず。ちょっとした間に、記憶がなくなることしばしば。次なる再会に想いをはせつつ、これをアップしたらさっさと寝ます。ぐう。

今度は

 クロニックのブライアン・アダムスまでが……。典型的なもっさり型のパワーファイターだったが、運の悪いレスラーでもあった。ブレイク寸前でいつもトラブルを起こしたりしくじったりしてばかりのイメージが強い。80~90年代に活躍したレスラーの早すぎる死は、往年のレスラー(最近だとカール・ゴッチやカマタなど)の死に比べてやるせない気持ちになる。ブレッド・ハートが主張していた組合等の結成や、引退後の救済やケアを行う機関が必要になっているのではないだろうか。故人の冥福を心よりお祈りいたします。

ああ、シーツが…

 せっかく洗濯したのに…気がついたらベランダに落ちていて…しかもよりによってクーラーの排水が流れている上に…洗い直しかよ……うう。
 「ゼイ・コール・ハー・ワン・アイ~血まみれの天使~」を観る。タランティーノの「キル・ビル」でダリル・ハンナが演じたエル・ドライバーのモデルとなった、片目の娼婦が自分を陥れた人間や客たちを次々と殺戮していくというハードコア・ポルノ。「片目」という言葉がひっかかったのか、なんとも無粋な邦題ともなった。ストーリーはかなり穴だらけだが、荒涼とした風景や閉鎖感漂うムードは悪くない。淡々と感情を見せることなく復讐を遂行していくクリスチナ・リンドバーグのキャラもいい。殺戮シーンが全部スローモーションという点は、まあ前衛的としておこう(笑)。神代辰巳や藤田敏八あたりが撮っていたら、もっとけだるさもバイオレンスもSEXも雰囲気が出ていたのではないかな、とも思ったりして(クリスチナ・リンドバーグは日本でも何本か出演しているようだし)。皆に手放しで勧めるわけにはいかないけれど、なんとも忘れがたい味のある作品。
 で、続きはその予告編。

寝苦しい夜に

 結構はっきりとした夢を見るほうなのだが、未だに学生時代のやつを見る。で、なんだか知らないが、いつも体操服を忘れてしまう場面を見てしまう。通学途中に気づいて取りに帰るとか、次の授業で必要なことを知って大いにあせるとか。何のメタファーなのやら。結果が悪いことだといやなので、あえて調べようとは思わないのであるが。
 小堺昭三「密告 昭和俳句弾圧事件」を読む。花鳥風月を詠う伝統的近代俳句の「ホトトギス」派に対抗するように発生した新興俳句派。プロレタリアリズムにも影響を受けたその派閥は、庶民の生活や戦争の悲惨さを率直にうたいあげるヒューマニズムあふれる作風のものが多かった。そしてそのことが当時の右翼や軍閥の目に止まることとなり、昭和15年ごろには大弾圧を受けることとなってしまう。しかしその背景には、実は一人の男の大いなる悪意が関係していて……というノンフィクション。逮捕・監禁された新興俳句派の多くが、強い反戦思想や共産主義があったわけではない。ただ彼らの時局や社会情勢に対する認識の甘さが、彼らの苦難や不幸(それは戦後も続いていく)を招き、黒幕の人物の付け入る隙を与えてしまったという点が興味深い。またそれは本書でも冒頭から繰り返して書かれている、再びこのような弾圧や悲劇は起こりうるのだという主張を裏付けているようにも思う。情報社会と呼ばれていても、規制や偏向は相変わらず多いし、会社や地域などの小さな集団の中においても、権力や地位に固執した一握りの人間に大勢が被害をこうむるという例はよくあることだ(ちょうど今週の週刊文春でも、小林信彦が今の社会における現代人の認識の甘さを指摘していた)。恐ろしくもあるが深く考えさせられる一冊。

田中圭一X唐沢なをき

 ジュンク堂であった上記二人のトークショーを観る。まあ見事に野郎ばかりでしたな(笑)。いかにも急ごしらえのセットも、もうちょっとどうにかならんかとは思いましたが。前半はギャグやエロの原点から、新人時代の話や軽めの業界裏話などなど。今ではどちらもギャグオンリーの作風だが、新人時代はシリアスやラブコメも描いたり描かされたりしたとのことで、そんな恥ずかしい漫画を集めて本を作り、それを見知らぬ人たちに池袋あたりで無料で配布するというのはどうか、などという自虐羞恥プレイネタ話が印象的。後半はホワイトボードを使って、観客からのリクエストを受けてのアブナイ即興イラストの競演。お題は当然下ネタばかりなのだが、なぜかそれを読み上げるのが店員かスタッフらしき若い女性であったというのも、別な意味でなんともかんとも。お題にあがったキャラそのものよりも、その絵の隅にちょこちょこっと描かれたマニアックな小ネタが結構ツボでした。
 あくまで「ギャグ」や「ネタ」として楽しませることに終始したせいか、本当にヤバイ系のネタ(一部で話題のあの人のことやあっちの世界の人たちのことなど)にはほとんど触れることはなかった。まあ店の雰囲気や時間帯や客層もあるだろうし、それは両氏の資質というか性格的な部分があえてそこを避けたという点もあったのかもしれない。それでも大いに満喫させていただいて、感謝の意を込めて店で「田中圭一マガジン」を購入して帰りました。おわり。

しかし金がないと

 こっちでの生活はつらいなあ。いや欲望を刺激するものが多くてですね。
 WWF時代のPPV「In Your House 13: Final Four」を観る。1997年2月16日に行われたもので、今で言う「No Way Out」にあたる。この97年というのはWWFで公私共に大きな事件が頻発した年で、そのプロローグとしてHBKの怪我によるタイトル返上から幕開け。メインはヒットマンvsSCSAvsアンダーテイカーvsベイダーの4wayマッチ。ヒールとして実力も人気も上り調子のSCSAと、この年の秋に「あの」事件に巻き込まれるヒットマンの絡みが見どころか。他にもカンナム・エキスプレスが地味に出てきたり、ロックやHHHが今とは違うギミックで戦ったり、チャイナが初登場したり、最近ベノワの一件ででまくりのマーク・メロやヘッド使用前のアル・スノーが絡んだり……etc。しかし全体としてはやっぱり地味な大会で、この段階ではやっぱりど派手なWCWにはかなわんなあとは思う(視聴率で逆転するのはこの翌年)。
 「ロッド・サーリングの世界(原題"Rod Serling: Submitted for Your Approval")」を観る。「ミステリー・ゾーン」の生みの親、ロッド・サーリングの人生を追いかけたドキュメンタリー。製作は1995年だが、全編モノクロという作りがなかせる。テレビ黎明期の生放送ドラマで社会的骨太ドラマを次々と発表して名を上げたサーリングが、スポンサーの力が強くなるに従い思うようにドラマが作れなくなり、SFとファンタジーを隠れ蓑に「ミステリー・ゾーン」を生み出すまでの軌跡が、多くのインタビューとともに丹念に描かれている。今回再見して気になったのは、サーリングの人間としての二面性に言及したくだり。派手好きな著名人としての明るい表の顔と、孤独で己や作品に厳しく接した暗い裏の顔。この相反する二つの自分をほどよく調和させることができなかったことが、「ミステリー・ゾーン」以降成功作に恵まれなかったのではないか、というコメントが大いに気になった。映画界に進出することに失敗し、テレビ界に復帰しても居場所を見つけることのできなかったサーリングは、やはり「ミステリー・ゾーン」という別世界へ旅するより他なかったのだろうか。

 というわけで、続きは「ミステリー・ゾーン」のオープニングで〆。

近くで

 祭りがあるようで。夏ですな。
 フレッド・カサック「殺人交叉点」を読む。「最期の一撃」の衝撃が名高いミステリ小説。とはいえ実は再読で、しかも初読はあの「殺人交『差』点」の方であるのだ。ほとんど展開を忘れていたのだが、最初の小さなツイストというかジャブのあたりで皆思い出してしまった。おろろん。とはいえ、件のトリックを抜きにしても、普通の人のちっぽけな悪意から引き起こされた罪が、めぐりめぐって我が身の破滅へと導いていく因果応報の物語としての面白さや、ところどころ垣間見える、ちと過剰気味の皮肉なブラックユーモアあふるる展開など、こちらの野次馬的な感性を刺激して最期まで飽きさせることはない。さらにそれを突き進めて、ほとんどギャグに近くなってしまった同時収録作の「連鎖反応」も悪くない。いろんな意味で「ミステリ」の楽しさ・奥深さを感じさせる一冊だと思う。

世の中馬鹿なのよ

 阿久悠氏追悼。最近「世迷い言」が急に聞きたくなってCDを探していたので、今回のニュースはちと驚き。
 で、さらに追悼。「フロスト警部」シリーズで有名なR・D・ウィングフィールドが亡くなったことを知る。「フロスト警部」シリーズは原作もドラマも好きなシリーズで、人気もあるのになぜか原作は「夜のフロスト」以降、翻訳が出る気配がない。某所では「今世紀中に出るのか」と皮肉られていたが。翻訳出版業界の裏側はこちらでは推測しかできないのだが、権利を持ったならそれを一刻も早く行使するのが義務なんじゃないの、とは思う。
 直接のかかわりはなくても、自分が好きだった人・影響を受けた人・楽しませてくれた人が、このところ続けて亡くなってしまうのは、やっぱりさみしいです。心より哀悼の意を表します。

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