その日暮らしの記
ぼやき日記

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振替休日その2

 今日は先週の休日出勤の振替。さらにはまた今週も出ることになっているので、また来週も振替ねばならないのことよ。ランダムな出勤とランダムな休みとがデフォルトになりそうな悪寒。
 「最後の海底巨獣」(原題 "DINOSAURUS!")をDVDで鑑賞。カリブ海に浮かぶ小さな島。そこで港開発のために働いている土木技師のバートは、何かと工事の邪魔をする島の実力者ハッカーの振る舞いに頭を悩ませていた。そんなある日、海底の爆破作業を進めていたところ、なんと冷凍保存された二体の巨大な恐竜を発見する。島には電話の設備がなく、本土へ警察や博物館等に調査の依頼を出しても、その返答ですら翌日以降になってしまう。バーとの不安は的中し、島に嵐が訪れ、その時の落雷のショックで恐竜たちが目を覚ます! しかし冷凍保存されていたのは恐竜だけではなかった。ハッカーの養子で彼に冷たい扱いを受けている島の息子フリオは、その騒動の中、謎の原始人と遭遇することになるのだが……というストーリー。全体を通してどこか牧歌的で、敵役も当の原始人もどこか抜けていてユーモラスに描かれている。確かに低予算や特撮のあらも目立つが、映画としての見せ方・話の展開の仕方がきっちりしているので、退屈することはない。特にうまい使い方をしているのが子役のフリオで、さりげなく恐竜にたいする薀蓄を語って観客に対する紹介役を務めたり、原始人とのハートウォーミングな交流場面や、ラストで未来への憧憬の念を純粋に語る場面などでは、おそらくこの映画を観に来た子供たちや、かつて子供だった大人たちを素直に感情移入させてくれている。パワーショベルvsティラノサウルスのバトルなぞは、大スクリーンで観たかったな。純粋怪獣映画と呼ぶにふさわしい一本だと思います。


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ラスト・ミムジー

 ヘンリー・カットナーの傑作短編「ボロゴーヴはミムジィ」の映画版(原題 "The Last Mimzy")。一向に日本で公開される気配がないので、痺れを切らして鑑賞。期待半分不安半分だったのだが、いい感じで裏切られて非常に満足。原作があいまいにしていた部分を好意的な解釈で肉付けしている箇所がうまくはまっている。子役二人の演技もいいし、彼らを取り巻く大人たちもユーモラスで温かい雰囲気で統一されている。夏休みとかに公開して、これを入り口として子供たちがSF世界に目覚めてくれたら……そんな妄想がふと浮かぶ。いずれにせよこのまま埋もれてしまうのがもったいない佳作。ロードショー公開および「ボロゴーヴはミムジィ」の復刊も大いに希望。

休日出勤ふたたび

 はい、また出かけておりました。今後ともこういう業務が増えていく様子。ただ、契約自体もかなり綱渡りなので、どうなることやら。
 デイヴィッド・イーリイ「大尉のいのしし狩り」読了。「ヨット・クラブ」で有名な短編作家イーリイの第二作品集(日本独自編集)。やるせない話が多かったが、止めることができず一気に最後まで読んでしまった。どこにでもいるような人々の肥大化(もしくは突出)したある部分(自意識であったり趣味・嗜好であったりこだわりであったり)が引き起こす悲喜劇が淡々と描かれている。それらを共有する仲間がいれば(「大尉のいのしし狩り」や「スターリングの仲間たち」)これほど強固な結びつきはないが(ただ「大尉」や「スターリング」の側からすれば脅威の対象となる)、理解者がいない場合はなんとも深い孤独の穴が待ち構えている(「別荘の灯」や「いつもお家に」の夫婦間のすれ違いざまを見よ)。そんな中で「グルメ・ハント」の底抜けの大法螺ぶりが(公爵にとっては悲劇とはいえ)、こちらをほっとさせてくれて、さらには作者の技量の高さを感じさせずにはいられない(その他、SF風やどんでん返しも配置されるなど、多才ぶりも目立つ)。広くに読まれてほしい傑作集だと思います。


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殺人が少女を大人にする

 フランスのミステリ作家ローレンス・オニールが、1967年に書いた長編小説(HPB 1339)。ソフィは感受性の強い孤独な少女。両親と父の同僚の夫婦たちとともにこの避暑地へやってきた。皆いい人ばかりで、そこそこバカンスを楽しんでいたソフィだったが、グループにシリルという名の若者が加わってから雲行きが怪しくなる。その得体の知れない雰囲気に嫌気がさしたソフィは、気晴らしに真夜中に一人で泳ぎに出ることを思いつく。ところが彼女はその夜の海岸で、シリルとグループの一人が争っている現場を目撃してしまう。二人の争いはエスカレートし、ついにはシリルは相手に殴り殺されてしまうのだった。その相手はソフィの良く知る人物である。このままではその人は殺人犯として逮捕されてしまう。彼女は自らが口をつぐむことで、真相を覆い隠そうとするが、8歳の少女には殺人事件の重大さ・その重さに徐々に耐え切れなくなっていって……というストーリー。この洒落たタイトルに、ずっと惹かれていた作品。いわゆる「恐るべき子供たち」系の作品として紹介されているが、主人公のソフィは受身にまわることが多く、か弱い子供の枠から外れることはない。逆に彼女に対する大人たちの存在が、誰も皆大人になりきれていないとでもいうか、非常に利己的で嫌な人間として描かれている点(事件を担当する刑事やソフィの祖父母でさえも)が印象的だった(そのためか、ミステリやサスペンスとしてはかなり弱くなっているけれども)。読んで損はない「拾い物」的な小品でした。

空の大怪獣Q

 朝ごみ出しに外へ出たら、昨日までとは違うムッとした熱気にたじろぐ。もう、急に変わりすぎ。
 「空の大怪獣Q(Q: THE WINGED SERPENT)」を鑑賞。高層ビルが立ち並ぶNYで起こる謎の連続殺人。奇妙なことにその被害者たちは皆、その高いビルの屋上付近で殺されているのだった。ちょうどその頃、しがないチンピラのジミーは宝石襲撃事件で大失敗をしでかし、組織から命を狙われる羽目に陥ってしまう。逃げ続けていた彼が迷い込んだのはクライスラー・ビルの屋上。そこでジミーは巨大な鳥の巣のようなものを発見する。実はその巣の主が連続殺人事件の犯人であり、それは邪教集団が呼び出した古代メキシコの神鳥"ケツァルコアトル"だったのである。そのことを知ったジミーはこの巣や怪鳥のことを話す代わりに、自分の身の安全を守るべく警察と取引を行おうと考えるのだが……というストーリー。いきなり開始5分もしないうちにビルの窓拭きが首を引きちぎられたり、きれいなお姉ちゃんが何故か裸で襲われたりと、出だしのインパクトとサービスは満点。それらのショック場面と対比するかのように、たたき上げの刑事(デビッド・キャラダイン!)の地道な事件や古代文明の調査が描かれる。このカットバックで徐々に話が盛り上がるかと思いきや、あまりにも目立ってしまうのがマイケル・モリアーティ演ずるジミーの存在。その態度や行動や言動の情けなさ・主体性のなさにはイライラされ通しで、同僚の刑事でなくても殴りたくなること請け合い。おかげで怪物もD・キャラダインもかすんでしまったのは、いいことなのか悪いことなのか。B級怪獣映画としての爽快感・高揚感は(思ったほど)期待できないけれど、リアルで異色の人間ドラマを(思った以上に)楽しむことができるという、なんとも変わった作品ではないかと思います。

振替休日

 先週の土曜日の振替として、久々に平日の休み。いろいろと部屋を掃除したり、ファイルを整理したり、積読を処理したりと、まあいつものごとく。
 柳澤健「1976年のアントニオ猪木」を読む。先日のテレ朝50周年記念番組でも放送された、「アリvs猪木」戦を含む異種格闘技戦4試合を中心に、1976年という年に何が起こったのか、その各々試合にかかわった人々は何を思い何を考えて行動したのか、そしてそれがその後のプロレス・総合格闘技の流れにどのような影響を与えたかを改めて洗い出したノンフィクション。プロレスファンの間でもかなり評判もよく、また先日の番組ではこれと異なる内容を放送したとのことで、また注目を集めていた。実際、この本ではじめて知ったことも多く一気に読んでしまったのだが、最後まで読んでも自分の中ではかなり煮え切らない部分も残ってしまった。一番引っかかったのは、筆者の立ち位置のあいまいさである。結局この人はプロレスが好きなのか嫌いなのか、そこがぜんぜん見えてこないように思えたのだ。ギャグやコメディアンに対する尊敬も理解もないまま、うわべだけの事象や無味乾燥なコメントを集めておざなりの結論をまとめた「ベルーシ最期の事件 ハリウッドスターたちとドラッグの証言」(集英社文庫)。逆に大人の視点からいびつなプロレス界の実情と、そこで懸命に生きるレスラーたちの生き様と人生模様を温かい目と深い愛情で描いたドキュメンタリー映画「ビヨン・ザ・マット」。どちらが良い悪いと断ずる気持ちはないけれど、プロレスで育って今でも細々とプロレスを追いかけている身の上としては、どちらに肩入れしたいかは自明の理なのであります。

ゾンビ、疾走る

 「Automaton Transfusion」というゾンビ映画を鑑賞。高校生の若者3人組が、車の中でハッパを決めながらドライブを楽しんでいた。ふと運転していた一人が妙な事に気がつく。かなり前から対向車はもちろん、道を歩く人間を誰一人として見ていない事に。確かにここは田舎とはいえ、まったく人気がないというのもおかしな話だ。彼らは近くの町に車を止める。そこも奇妙に静まりかえっていた。だがそれは彼らが車を降りるまでのことだった。外に出たとたん、大勢の人間たちがそこへ走り寄ってくる。いやそれは人間ではない。町の住人はすべてゾンビになっており、若者たちの血や肉を食らいにやってきたのだ……というストーリー。カットバックを多用した洒落たタイトルバックから始まり、ゾンビが疾走り、ゾンビが泳ぎ、ゾンビが飛翔する。メイン格の登場人物たちも容赦なく襲い喰われまくり、足りない予算はセンスとアイデアで、つじつまの合わない展開は若さと勢いで、なんとかカバーしようという自主映画的なその姿勢は評価できる。とってつけたような真相とやっちまった感ありありのラストも、「実は三部作なんです」という監督のコメントに免じて許しましょう(笑)。なんとも温かい目で見守りたくなる、そんなB級(C級か?)映画でした。

イハーブの生活

 ちらっと寄った古本屋で全巻そろっているのを発見し、思わず購入。「かげふみさん」の小路啓之が「アフタヌーン」で初めて連載した作品。レズビアンの夫婦が精子バンクから購入した種を使って生んだ子供イハーブ。女の子がほしかった彼女らの希望とは裏腹に、イハーブは男の子として生まれてきてしまい、そのことも含めて自分がいらない子・望まれない子だという意識が強くなった彼は、感情を表に表さないが突拍子もない行動ばかりする問題児に育ってしまった。やがてイハーブは自分の父親が世間を騒がしている強盗犯、通称「ムッシュ」であることを知る。さらに偶然、病院でその「ムッシュ」がレイプしたという過去を持つローズという名の女強盗と知り合ったイハーブは、彼女とともに行方不明の父親を探すために、大きな犯罪事件に深くかかわることとなるのだが……というストーリー。すでにこのころから無国籍風でかつごちゃごちゃと描き込まれた舞台背景、本気か冗談か区別のつかない言葉遊びを多用したやりとり、一癖も二癖も三癖もある登場人物たち(+犬や猫)はほぼ完成された形で見られている。そして、今回読んでみて改めて思ったのは、作者が常に描いているテーマというのは、普遍的で根源的で単純な「愛」の形なのだな、ということ。それまで強固でゆるぎないものと思われていたものが、実はいびつで曖昧なものでしかなく、あまりにも普遍的で身近にありすぎたために気がつかなかったものが、主人公を見守りながら助け、そして強くしていたのだと気づかされる本作のラストはとてもすばらしい。なにげに伏線がほとんど回収されるあたりも見事(タイトルとか)。文庫版だと読みづらそうなので、ここはワイド版で復刊を希望します。



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休日出勤 

 といっても午前中で終わったのですが。久々にゆりかもめに乗ったりして。フジテレビ前とか昔は本当に何もなかったんだけどな。工事中のところも非常に目立ちましたのことよ。
「テレビ朝日が伝えた伝説のスポーツ名勝負 ~いま明かされる舞台裏の真実~」を観る。お目当ては「猪木vsアリ」戦だったのだが、後半の「10.19 近鉄vsロッテ」戦が非常に懐かしく、また改めて感動してしまった。この中継、ホントにリアルタイムで観て衝撃的だったし、その後の近鉄と仰木監督の変遷と運命を考えると、さらに興味深い。しかし有藤の相変わらずの空気の読めなさと、久米宏の絶妙のコメントもまた傑作。

もはや

 地球「が」なのか「の」なのか「を」なのか「に」なのか「で」なのか「も」なのか、よくわからなくなってきたのだが、映画「地球『が』静止する日」にあわせて発売された「地球『の』静止する日」を読了。上記と「デス・レース2000年」のリメイク映画「デス・レース」(これもまたややこしい)の原作と「ミステリー・ゾーン」「アウター・リミッツ」の原作を織り交ぜたSF映画・TVアンソロジー。しかしメインのハリイ・ベイツ「来訪者」(というタイトルが個人的には一番しっくり来る)は東京創元社のアンソロジーに数年前に収録されたばかりだったし、他の作品もやや地味目なのがちとつらい。解説での作品や映画・TVシリーズに対する言及もあっさりしすぎていて、この本を読んで「過去のSFやTVシリーズを追いかけよう!」と考える人は少ないんじゃないだろうか、と思ってしまうのがちとさみしい。もしくはいわゆるマニア向けで、すでに知っている情報や知識、もしくはそれらの落穂ひろいの位置づけになるのだろうか。なんかいろいろ考えてしまった一冊でしたのことよ。うーむ。


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一病息災

 泡坂妻夫死去。乱歩や横溝など「前時代」の古典というイメージが強かったミステリで、初めて「同時代」の娯楽として楽しませてくれた作家だった。入れ子構造のミステリというのも初めてであった(のちのち新本格の作品でいやというほど読むことになるのだが)。ベストとしては長編としては「11枚のとらんぷ」、短編は「亜愛一郎シリーズ」か(今回のタイトルもシリーズの一編から)。もちろん直木賞をとった「蔭桔梗」、このミス一位となった「曾我佳城シリーズ」もまたすばらしかった。どこぞの番組ではないけれど、「巧」の言葉が一番よく似合う作家だったと思う。合掌。

ヘレンesp

 給料が入ったので久々にちと出かけたら、行きつけの電気屋が昨年末で閉店していましたとさ。寂しいなあ。
 木々津克久「ヘレンesp」1巻を読む。交通事故で両親を亡くし、自身も目と耳と言葉の能力を失ってしまった少女ヘレン。だが彼女はその感覚と引き換えに、いつしか常人には見えないものや感じられないものに対して意識が働くようになってしまう。その彼女の新たなる能力を知っているのは盲導犬のヴィクターのみ。普段の生活だけでなく、怪しき存在に危険にさらされながら、ヘレンは日一日をけなげに生きていくことになるのだが……というストーリー。最近たまたま読んだ雑誌に掲載されていた作品で、かなり気になったので新刊が出たこの機に購入した次第。一歩間違えれば心清らかな少女が遭遇する危機を乗り越える都合のいい難病ものになりがちなところなのだが、ここでヘレンのイノセンスが引き寄せるのが、「魔」であったり「怨」だったり「妖」だったりする点がミソ(グロい描写少なくない)。そのためか予定調和に陥ることなく、こちらの先入観を見事にはぐらかし、それでいて読後なんとも奇妙な味わいを残してくれる作品となっている。今後へレン自身の隠された秘密や事故の真相、亡くなった両親の正体などが判明していくあたりが大きな核となっていくのだろうが、個人的にはただ単に彼女の日常を淡々と描いた話をのんびりと追いかけたいとも思ってしまうのでした。


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