その日暮らしの記
ぼやき日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

またも実話です

 昨日は久々に飲みごと。彼は前の現場で一緒に働いていた同僚なのだが、時を前後して共に現場を離れていながら、理不尽な会社の方針によって、今月いっぱいで解雇されてしまった。なんだかね。まあ、残ったからいいというわけではないのだけれど、やるせないですな。
 で、別な同僚からは無償で古いVAIOを譲り受ける。ちなみに型名はこちら。業務でUNIXサーバの構築をせねばならなくなり、自宅でもちょいとお遊び半分でいじろうかなと思った次第。なんと付属品すべてを一括で譲っていただいたので、さすがに食事をおごらさせていただきました。さっそく今日あたりからいたずらしております。
 先日観た「The Legend of Boggy Creek」同様、「実話」つながりということで、「The Town That Dreaded Sundown」という作品を鑑賞。製作・監督はまたもやチャールズ・B・ピース(今回は出演も!)。さらにエクゼクティブ・プロデューサーには、AIPのB級映画でおなじみのサミュエル・Z・アーコフという組み合わせ。戦争が終結し戦地に赴いていた男たちも郷里に戻り、恋人との逢瀬や結婚をして市民たちは平和な日常を謳歌していた。ところがここアーカンソー州の田舎町(また!)は違っていた。覆面をした謎の大男が、若いカップルたちを狙って暴行や殺人を繰り返すという事件が起こっていたのである。地元警察は都会から著名な保安官を招きいれ、総動員で犯人逮捕に飛び回ったのだが、その合間をぬって犠牲者は次々と増えていって……というストーリー。またまた実話の物語で、数ヶ月間に五人の男女を殺害しながら、つかまることのなかった謎の猟奇殺人犯(「ファントム・キラー」もしくは「ムーンライト・キラー」という呼称あり)を追いかけたものである。今回はベン・ジョンソン(『「アカデミー賞」受賞俳優!』と大いに宣伝中)を主役に迎えて、よりドラマチックに、より過激に物語を作り上げた……はずなのだが、こののんびりムードはどうしたことなのだろうか。行き当たりばったりの操作を繰り返す警察、脈絡のなく突拍子もない殺害方法に悦に入る殺人犯、さらにはとってつけたようなお寒いギャグの繰り返し、なんともさめた時間だけが過ぎていき、襲ってくるのは睡魔だけという結果に落ち着いてしまいましたとさ。うーむ、監督は空想の怪物には興味あっても、現実の犯罪者には興味はもてなかった、ということなのでしょうかね(出来自体がそれほど差があるわけではないのだが)。ちなみにこの映画の犯人のいでたちが、のちに「13日の金曜日」のジェイソンの姿に影響を与えたという話もあり。
続きを読む
スポンサーサイト

マーフィー夫人のお尻を楽しいものにしたのはだあれ?

 フレドリック・ブラウン「パパが殺される!(原題 "Mrs. Murphy's Underpants")」を読了。エド・ハンターシリーズの第7作。長編としてはこれが最終作となる(その他短編が2編邦訳済み)。階段から落ちてアバラと大事なトロンボーンを折ってしまった我らがエド・ハンター。自宅のアパートで養生しているところに、幼い少年が忍び込んできた。彼はシカゴ競馬界の大ボス・ドラン氏の息子マイクで、話を聞くとドラン氏が何者かに命を狙われているのだという。マイクは大好きな父親を守るため、エドの所有している拳銃を盗みに来たのである。ドラン氏は確かに外に敵の多い人物ではあるが、マイクの話では殺害計画は氏の屋敷で耳にしたのだという。近しい者の中に犯人はいるのか。それともマイクの単なる妄想なのか。エドはアム伯父とともに調査をはじめるが、そんななかマイクの年の離れた姉アンジェラが二人組の男に襲われる事件がおきて……というストーリー。タイトルに書いた文句は作中でエドとアムが二人で終始やり取りしている言葉遊びの文句。この「マーフィー夫人」をめぐるやり取りが事件の鍵になると思いきや……これがまたなんともかんとも。こういったちっともつながらない伏線や唐突などんでん返しで、まさしく読者を煙にまいてしまう作品。ここまでくると実はブラウンが目指したのは、本格でもハードボイルドでもなく、洒落とジョークを織り交ぜた現代のほら話だったのかも、という見方もあながち間違ってはいなかったりして。ただ、相変わらず邦訳文はガタガタなので、そこはぜひとも修正いただきたいなと思うのであります。

これ「も」実話です

 「The Legend of Boggy Creek」という作品を鑑賞。アメリカのアーカンソー州の「Fouke」という沼あり森ありの典型的な田舎の町。ここには50年代から「Fouke Monster」というビックフットのような獣人が出没するという噂がたっていた。そいつは家畜を襲い、巨大な足跡を残し、夕闇にその低い鳴き声をとどろかせていた。多くの住民にその姿を目撃されながら、捜索隊にはその足取りをつかませず、奇妙なことに人間の犠牲者は皆無であったのだが、ついに都会から越してきた若い兄弟の家族が住む一軒家が襲われるにいったって……というストーリー。実はこれはアメリカに限らず、世界のあちこちで噂されているUMA(未確認動物)の物語を、関係者や目撃者の証言を元にドキュメンタリー仕立てで構成された劇映画である(日本だとヒバゴンを題材に作ったといえばわかりやすいか)。監督のチャールズ・B・ピースはこの町の出身でセールスマンをしていたらしいく、おそらく自分が子供の頃から寝物語として聞かされてきた都市伝説を、自身の製作・監督・脚本で作り上げ、これが思わぬヒットとなったおかげで、以降はこの映画の続編(!)を含め、B級映画道をまい進することになる(意外なところでは「ダーティハリー4」の原案者として名を残している)。
 実際にロケされたいかにも「ど田舎」と呼ぶにふさわしいその町は、まさしく怪物の一匹や数匹が出てきてもおかしくない雰囲気を漂わせているし(荒いフィルム状態がさらに効果を高めている)、素人くさい無名な役者たちを使って行われた「再現ドラマ」も、それらのマイナス面がリアルさをかもし出してうまくプラスに転じていて悪くない。ところが肝心のモンスターが、冒頭から間抜けな着ぐるみぜんとした全身をあらわにしてしまっているのは、ちといただけない。おかげで「見世物」映画としての旨みも感じられなくなってしまっている。これは低予算云々というより、感性や資質の問題なのかもしれません。ツチノコやネッシーに夢をはせた世代としては、もうちょっとドキドキワクワクさせて欲しかったかな、といったところです。

森卓也祭り

 最近読んだキネマ旬報で、いまさらながら森卓也が連載をしていることを知る(「キネマ当方見聞録」)。と思ったら、なんと「アニメーションのギャグ世界」が復刊されることが決まり、さらにはなんとこんな本まで→『読むアニメーション』no.00(創刊準備号)』。なんだか知らんがなんかすごいので、取り急ぎ、ご紹介。

トゲトゲゲ

 「Splinter」という未公開ホラーを鑑賞。キャンプ帰りの若いカップル。女性のヒッチハイカーを見つけて車を止めたところ、なんと彼女は強盗カップルの片割れであり、銃を持った男の方が乗り込んできて車は乗っ取られてしまう。さらに悪いことになんとも奇妙な生き物を轢いてしまい、タイヤはパンクしガソリン漏れも起きる始末。取り急ぎガソリンスタンドに立ち寄った彼らだが、何故かそこには従業員はおろか人の気配がまったくしない。強盗カップルの女のほうがトイレを覗き込むと、血だらけで棘だらけの従業員の死体が……。さらに死んでいるはずのその死体が彼女に襲い掛かってきた! 図らずも立場の違う二組のカップルは、そのサービススタンドにとじこめらられることになるのだが……というストーリー。棘だらけの生物はウイルスによる突然変異のようなのだが詳しい説明はなく(あったのかもしれないが私の英語力では理解できなかった)、生物を襲いその生物が死ぬとその体を乗っ取って、さらに別の生き物を襲うという代物。面白いのはその死体の動きというのがなんとも奇妙奇天烈で、逆関節で手足を動かしたり飛んだり跳ねたり、それでいて素早いという困ったもの。まあ死体ならばどう動こうと問題ないのだが、生きてる人間の体の一部を乗っ取られた場合は悲惨なものとなる。指が手首が肘が肩が、当人の意識を無視して逆に曲がり始めたら……しかも、神経も痛点もまだつながったままなわけで……あいててててててててて。
 しかし上記のような独創的な場面はあまり見られず、ほとんどは既成のスプラッターの枠組みに沿った展開に終始する。低予算とはいえ、開き直りや実験精神や勢いやこだわりを封じてしまっているのは、なんとも残念。トゲトゲであることのメリットも感じられないのもなあ。もっと自由に好き放題に作って欲しかったのことよ。

「逃走と死と」と「現金に体を張れ」

 ライオネル・ホワイト「逃走と死と」を読了。ハヤカワ・ポケット・ミステリの中でも希少価値の高い一冊。刑務所帰りのジョニーは一攫千金を求めて、競馬場の売り上げ金に目をつける。彼は前科はないが金を必要としている競馬場の従業員や警官たちを仲間に加え、綿密かつ大胆な強奪計画を着々と進めていくのだった。だがその仲間の一人、出納係のジョージの不手際から、彼の妻シェリーに計画を知られてしまう。シェリーは若く豊満で、かつ金と欲に目のない悪女であった。彼女はさらに愛人のヴァルにこのことを伝え、強奪金を横取りしようとたくらむのだが……というストーリー。冒頭からテキパキと人物紹介と状況説明を行い、ジョニーたちとヴァルたちの行動のすべてをスピード感あふれるタッチで積み重ねて行き、そして実際の実行の際には各登場人物の視点からカットバック風かつ多面的に描いて展開を盛り上げた上、最後に訪れる余韻あふるるカタストロフィのすさまじさ。ジョージの妻シェリーがすべてを知ったときから、この計画は失敗するとはわかっていても、事件を登場人物たちを追いかけずにはいられない。まさしく一気に読み終えてしまった。絶版なのが本当にもったいない傑作。
 で、キューブリックの映画版「現金に体を張れ」も続けてみてしまう(一応再見)。展開はほぼ原作どおりなのだが、不要な部分や尺が延びそうな箇所を切り、人物整理を行い、さらに「映画的」演出が巧みに加えられていてこれまたすばらしい。違いとして顕著なのは、ラストの描き方だろう。詳しくは書かないが、下手をすると陰惨になりかねない部分を大胆に省略し、ユーモアとアイロニーをうまく交えて描いたその場面は、視覚的な効果も高く、やっぱりキューブリックは非凡な演出家だったのだなと実感させてくれる。スターリング・ヘイドン、エリシャ・クック・ジュニア、ティモシー・ケリーと、役者陣も味のある連中ばかり。原作も映画もどちらも傑作という稀有な例かも知れませんな。

古本屋ツアーまたたび

 これもまた昨日の話なのだが、ほぼ一年ぶりに古本屋めぐりに出かける。ルートとしては吉祥寺→西荻窪→荻窪のコース。金銭的体力的精神的負担を考えて、三鷹は今回は除いたのだが。いやー、しょっぱなの吉祥寺で、あっというまにすべてを使い尽くしてしまいましたのことよ。わはは。
 とはいえ、そんな大それた買い物をしたわけではなく、思わぬ安値の商品があったことと、何より古本屋のかもし出すあの空気・あの雰囲気に酔ってしまったのが大きい。これはブックオフでは、絶対感じられないことですな。「これで君もジャンキーさ!」(by永野のり子)…てな感じ。
 古本マップを手にしながら、無くなってしまった店あり、かと思うと、一年前に来たときと平台の並びが変わっていない店ありと、あれこれ考えたり物思いにふけったりしながら、取り急ぎ残りの店もあらかた回りました(当然徒歩で(笑))。でもまあ、今後は前よりは頻繁に(よくて月一ぐらいではあるが)まわるあてが出来たので、一応めぼしいとこにはこっそりマーキングすることも忘れずにおこないましたのことよ。さてどうなることやら。
 帰宅後はさすがに足が棒になっていたけど、いい疲労感でした。でも今日は一日ごろごろ養生しておりましたとさ。おわり。

ウォッチメン

 昨日の話だが、帰りがけに鑑賞。率直な感想としては、労作ではあるが……といった感じ。市民側というか、一般人(非ヒーローもしくは老いて引退したヒーロー)側の視点や描写、加えて1985年という時代背景がかなりはしょられてしまっているので、悪く言えばこちらとは何の接点も見出せない、単なる仲間同士の内ゲバという風に見えてしまった。さらに、映画的な演出がどうしてもセックスとバイオレンスの過多(それも女子供に対しての!)に目がいってしまうのも、かなりマイナスになったのではないか。これだとやっぱり(日本語版も復刊もしたことだし)原作の方を読むだけでいいよな、と思ってしまう。
 (かなり不可能に近いことだとは思うのだが)TVシリーズにして各エピソードをじっくり描くとか、あるいは3部作ぐらいで分けて公開することができれば……などと勝手な妄想などもしてしまう。頑張った分だけ(もしくはそれ以上)のほころびが気になる作品になってしまったのは、非常に残念でもあります。うーん、難しいなあ。

骨休め

 というわけではないのですが。有給をとって、一日ごろごろしておりました。そんなことしている暇はあるのか、という声もあるのですが。
 「天使の復讐(原題 "Ms. 45")」という作品を観る。舞台はニューヨーク。縫製工場に勤務する聾唖の少女タナは帰りがけにマスクをつけた男にレイプされてしまう。必死に自宅へ逃げ帰ってきたタナだったが、アパートでは今度は空き巣が彼女を襲うのであった。とうとうタナはそばにあったアイロンで、泥棒を殺してしまう。その瞬間、彼女の中で何かのスイッチが入った。タナは泥棒が残した拳銃を手にして街へ飛び出す。そして暴力的で嫌らしい最低な男たちを、次々と殺し始めるのだが……というストーリー。監督は「バッド・ルーテンナント」や「盗まれた街」の三度目のリメイクの監督(「ボディ・スナッチャーズ」)を務めたアベル・フェラーラ。無駄な説明を一切省き、ただ現実と今のその瞬間だけを荒々しく積み重ねていく手法が見事にドラマと合致している。殺しを重ねるたびに、より大胆により美しく変貌を遂げるヒロイン(当然これはある種のメタファーである)の存在感もまたすばらしい。下手するとこじつけに見られがちなクライマックスの展開や、軽めのツイスト(管理人の飼い犬の末路)などもうまく決まっている。日本ではビデオ公開のみで、アメリカでもDVDは久しく絶版のようなので、再発売を切に希望しますです。

さまよう街

 朝一で目黒の図書館へ。前から探していた絶版本が、この区の図書館に所蔵されていることを知ったので。貸出票の手続きをして、予約を申し込む。まわりは桜が満開で、あちこちで花見の場所取りが盛んであった。
 そんなのどかな風景を横目に、高田馬場へ移動する。しかしこちらは時間が早すぎたのと、日曜日で休んでいる店が多かったため、早々に退却。学生街はこういうことがあるからなあ。
 で、その後は中野へ移動。だがこちらもちと空振り。タイミングと懐具合と気持ちがシンクロしないといい買い物はできないという見本ですな。そのまま新宿方面へぶらぶら。
 と、ここで気まぐれに進んだ道が、昔よく通った道につながっていたことを知る。なんかそれだけのことでテンションも上がりましたのことよ。東京は電車網が発達しているだけでなく、「歩いていける距離」にいろんな発見や意外なつながりが見出せる街なんだなあ、と深く実感。いつまでこうした街歩きができるだろうかな。

ただいま、待機中

 はい、4月からまた本社待機となりました。まわりはネガティブな情報の嵐です。唯一の救いは、本社移転に伴い、待機先が前の東京滞在時によく通っていた街だということかな。早速合間見てうろうろしています。変わったところあり、変わっていないところあり、街は生きていることを実感中。……私はどうだ?
 「The 8th Plague」という未公開ホラーを鑑賞。「カット(原題 "Carver")」という、これまた未公開ホラーが日本でもDVDリリースされている、フランクリン・ゲレーロ・Jr監督作品。謎の失踪をとげた妹を探すため、友人たちとやる気のない現地の警官、そして案内人の農夫と道で拾った酔っ払いを交えて奥深い山麓へやってきたヒロイン。そこにはすでに廃墟となった刑務所があった。さらには最近何者かが侵入した痕跡も見られる。何かしらの手がかりを求めて、刑務所を探索するヒロインたちであったが、実はそこはなんと凶暴なゾンビの巣窟と化していたのである。続いて壁にかかれた奇妙な紋章を見た者は、その瞬間から猛烈な殺人衝動に襲われることにもなってきて……というストーリー。おどろおどろしいムードが全体を覆う、エロありグロありグロありグロありのB級ホラー。カメラをあちこちに振り回したり、いかにもカメラの新機能を試して見ましたよ的なカットなども目立ち、さらにもう少し登場人物たちのキャラも掘り下げて欲しかった点もあるものの、「こういうシチュエーションで、こういうグロがやりたかった」という意図は十二分に伝わりましたのことよ。しかし「ホステル」あたりから、「見せなくてもいいグロ」を「見せなきゃいけない」という不文律でもできたのでしょうかね。

プロフィール

geshicchi

Author:geshicchi
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。