その日暮らしの記
ぼやき日記

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予定どおり

 だらだらしています。本を読んだりDVD観たり寝たり起きたり。
 「ドクター・フー/サイバーメンの墓(原題 "Doctor Who / Tomb of Cybermen")」を鑑賞。旧ドクター・フー・シリーズの第5シーズンの最初のエピソードで、ドクター役は2代目のパトリック・トラウトン。この時期のエピソードはかなり消失したものが多い中で、本エピソードはなんと香港のTV局の倉庫から発掘されたものだとか。ある未来の惑星調査隊と遭遇したドクターたち。調査隊の面々は、この惑星の地下に眠るという伝説のサイバーマンの遺跡を発掘にやってきたのである。図らずも彼らの調査を手伝うことになったドクターであったが、遺跡のさらに奥深くに冷凍保存されたサイバーマンたちを見つけるにいたり、調査を中止を強く主張する。しかしこの調査隊のメンバーの中には、そのサイバーマンの復活を目的としていた者たちが含まれていて……というストーリー。レトロなスタジオセットや特撮がなんとも味わい深い(日本だと「少年ドラマシリーズ」を思い出す)。登場人物は多いが物語はシンプルかつ王道パターンを踏襲しているし、各話(全4話)のラストにはかるいツイストを配してあって、非常に楽しませてくれる。これぞ連続活劇の楽しさよ。コンパニオンの1人、ヴィクトリアもかわいくて(おっぱいも大きくて)たまりませんなあ。昔はこういうのを観て、未来や宇宙に夢をはせたものですが。TV放映が無理なら、新旧まとめて日本語版を出してはもらえないでしょうかね。
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先週末から

 親が来たのでとげ抜き地蔵に行ったり風鈴市を覗いたり銀ブラしたりして、やっと帰ったと思ったら相変わらず業務は遅々として進まなかったり明けたはずの梅雨はまたぶりかえしたりしてジメジメイライラしたかと思ったら、回らない寿司屋に入ったり酔っ払いの姉ちゃんにからまれたりさらには大学時代の先輩が今度の選挙に出馬することになったりと人生初の出来事が続けて起きたりしてました。
 えーと、この週末はめちゃめちゃゆっくりのんびりだらだらしたいです。おわり。

ひょっとしたら

 出張とか休日出勤とか言われていて、一応待機していたのだが、午後には特に何もなしとわかる。早速ぶらぶらと外に出てみると、どっかの映画サークルらしき集団が、自主映画の撮影に出くわす。最近の学生映画・演劇の流れってどうなっているのでしょうか。
 「Yの悲劇」を観終わる。いわずと知れたエラリー・クイーン(バーナビー・ロス名義)の代表的長編で、日本でベストテンを行うと必ず一位に輝く作品。本作は(不勉強で知らなかったのだが)日本に舞台を移し、翻案されたミニドラマシリーズで、フジテレビの50周年記念としてこのたびDVD化されたもの。監督は「北の国から」で知られる杉田成道、脚本は清水邦夫、主演は石坂浩二という顔ぶれ。どういう経緯でこのドラマが作られたか背景もわからないのだが、フジは昔からこういう奇妙なドラマ(もちろんホメ言葉)を単発でよく作っているよなあと思ったりなんだり(余談だが「横溝正史シリーズ」や「土曜ワイド劇場」の開始は前年の77年、この年には9月に西村京太郎の「消えた巨人軍」が作られたりもしているし、ここいらのミステリドラマ製作の波が来ていたのかもしれない)。さて内容の方はというと、いかにも日本的なベタベタした人間関係や登場人物描写のくどさ(オリジナルキャラにその傾向が強い)が鼻につき、展開もどうも試行錯誤を繰り返しているように見えたのだが、後半の3話で次々に事件の背景や秘密が明らかにされていくくだりでは、いつのまにか手に汗を握って画面から離れられなくなっていた(特に第5話のラストで真犯人が判明する場面は、「ここでそうきたか」とまさしく膝をうちました)。舞台劇の終演を模した主人公の退場シーンも見事にはまっている。そうみると、作り手側は実はもっとドライにドラマを構築したかったのかもしれない。でも日本ではそれやるのは(今も昔も)難しいのが、ちと残念ではあります(下世話な登場人物を増やしたり、お笑いに走ったり…どうも卑下しているように感じるのは私だけか)。とまれ、本作は観て損はない佳作だと思います。

ベッドを買いました

 ロフト形式の代物。しかしどうも微妙に部屋に合わないのことよ。もうアバウトに決めちまったりするからなあ。でもまあなんとかなるでしょ。

もうすこし

 どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって、というわけで。荒れているなあ、私。
Dom durakov(米題:House of Fools)」というロシア映画(フランスとの合作)を鑑賞。監督は「暴走機関車」などのアンドレイ・コンチャロフスキー。時は1996年、第一次チェチェン紛争時。ロシア国境近くの寂れた精神病院が舞台。そこでは患者同士の小さないざこざは起こるものの、ほとんどは皆仲良く陽気に楽しく暮らしていた。患者の一人ザーナはアメリカの歌手ブライアン・アダムスのお嫁さんになるという妄想に囚われた女性。また彼女はいつもアコーディオンを持ち歩き、何かにつけては音楽をかなで、それにつられて患者たちは踊りだす、ということもこの病院では良くある風景であった。だがそんな平穏な毎日が突然終わりを告げる。政府と戦闘を繰り返していたチェチェン人ゲリラの一団が、病院を占拠したのだ。時には銃撃や爆弾が炸裂し、時には空からヘリが墜落するという状況の中、ゲリラと患者たちとの奇妙な共存生活は続いていく。そしてザーナはアコーディオンの腕前を兵士たちにも披露したことが縁で、兵士の一人から結婚を申し込まれるのであるが……というストーリー。ロシア版の「まぼろしの市街戦」と呼ばれる作品。マイペースな患者たちが織り成すユーモアたっぷりの描写と、それを無残に断ち切る現実の戦闘の姿。その硬軟というか緩急のさじ加減が絶妙で、これぞまさしく「映画」の醍醐味をあらわしてくれている。妄想と折り合いをつけながら、強く明るく前向きに生きていくザーナ(監督の妻のジュリア・ヴィソテスカヤ)の姿がまたたまらない。「精神病患者=イノセンス」という風に分けるつもりはないけれど、歌と踊りと笑顔があれば、なんとかなる気にさせられるものですな。もうすこし、いきてきてみましょう。もうすこし。

レスラー

 …を仕事帰りに鑑賞。評判どおり類まれなき傑作。人々の心に、「何か」を刻みこんだ男の人生の生と死の物語。素晴らしい。



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