その日暮らしの記
ぼやき日記

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「迷宮」へようこそ

 なんだか週ごとに多忙⇒暇⇒多忙⇒暇の繰り返し。で、今日は久々に長時間残業。ただ、テンションは低め。給料もでたというのに。業務もサボりも黙々とこなしております。
 稲生平太郎「アクアリウムの夜」を読了。とある土曜日の昼下がり。町の野外劇場で主人公は友人と二人、奇妙な出し物に遭遇する。「カメラ・オブスキュラ」と名づけれらたその見世物は、暗いテントの中に、町並みの風景をどこか変わった視点で映し出す興行であった。そしてそこには、「あるはずのない」風景も切り取られていた。劇場の近くの水族館。そこにあった「あるはずのない」謎の地下への入り口。観劇後、あわてて現実の水族館へと訪れた二人だったが、やはりその入り口など存在しないことを確認する。だがこれは、これから彼らを襲う悲劇のプロローグにすぎず、さらにこの後に繰り広げられる「こっくりさん」「悪霊」「霊界ラジオ」「異星人」「メッセージ」「宗教」「伝説」「狂気」「舞台」「ロック」「殺人」…といった雑多で荒々しく切り取られた事象の連続が、まさに乱れ撃ちのごとく襲ってくる。終りの見えないことへの「不安」。何一つ確証の得られないことへの「不安」。「正しい」と思っていたことが「誤り」であり、信じた相手には裏切られ、誰もが「秘密」を抱き、「謎」は解かれることはない。「不安」の種は、大きな「恐怖」の実をなしていく。そして困憊した主人公と読者がたどり着く先には、さらなる巨大な「迷宮」が用意されていて……。その「迷宮」の先に控えるなんとも言えないラストの余韻が、読後もこちらをつかんで放さない。それほどが強烈なイメージを有した作品だと思う。
 もうひとつこの作品の特徴として挙げられると思われるのは、全体に漂う雰囲気が「昭和」の時代のそれを感じさせることではないか。そこには小さな町中だけをとっても、人知れぬ「闇」があり、奇妙な「噂」がその場を支配し、いくつもの解き明かされることのない「謎」も常に存在していた。ノスタルジーの香りともに、思い出さるる忘れ去られていた「恐怖」の実像。解説の言葉ではないけれど、あの年代・あの年頃に、本作にであっていたならば、確かに「もっとずうっとのめりこめた」に違いない。それとともに、あの時からさまよい続けているであろう「彼ら」の今の時代での姿も、怖いものみたさに観てみたいと思う自分がいる。ただそれは、鏡に映った自分の姿を垣間見ることになるのかもしれないが。


アクアリウムの夜 (角川スニーカー文庫)アクアリウムの夜 (角川スニーカー文庫)
(2002/01)
稲生 平太郎

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