その日暮らしの記
ぼやき日記

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 仕事帰りに「ミスト」を観にいく。いやあ、なんともトンでもない映画でしたな。
 巨大な嵐が過ぎ去った翌日。町のスーパーマーケットには朝から客がごった返していた。主人公も隣人ともに息子を連れて買出しに現れる。ところがしばらくして彼らがふと気がつくと、なにやら表が騒がしい。と、そこへ怪我をした初老の男が駆け込んでくる。「やつらが来る!」 その言葉とともに巨大な霧がスーパーを覆い始めていた……。キングの原作は既読だが、もうン十年前の話しなので、すっかり忘れてしまっていた。なのでかなり新鮮な気持ちで見ることが出来たのだが……。
 ここで製作者側が用意したと思われるのは「予定調和の破壊」と「人間の弱さの追及」ではないかと思う。一人息子を守りながら、外の霧や其処に潜む怪物、狂った宗教家や似非インテリとの対決、苦難と尊い犠牲を乗り越えて、見事彼らは脱出に成功する……というヒーロー譚にしようと思えばいくらでも出来るのだが、そうはならない。主人公の行動は「失敗」とはいえないまでも成果をあげることができず、敵対する相手とも和解はおろかひどい断絶しか残らない。また、原作がスティーブン・キングということで、B級映画テイストを期待して行くとこちらも裏切られる。バリバリCGな怪物たちには好みが分かれるだろうし、いまいちそれらの存在意義や行動の源がよくわからない。そのくせ、人の死に方は変にリアルだったり、変にユーモラスだったりしている。おそらくすれた評論家崩れから、何も考えない初心者にいたるまで、推測できる(ある意味希望している)展開をずらし、思考を揺さぶり、その人の真の「本性」を浮かび上がらせようとしているのではないだろうか。
 そしてその「本性」は人間の「弱さ」の証ではないか。「常識」「思想」「道徳」といったものから、「男らしさ」「父親らしさ」はたまた「人間らしさ」にいたるまで、目に見えず形ももたない上に確固たる存在ですらない行動倫理を支配する「何か」が剥ぎ取られた時、まさしく「霧」が晴れた時、その人の「本性」は過酷な「運命」(もしくは「現実」)と対峙し受け入れることができるのか……。原作にないあの衝撃のラストは、それを問いかけているのではないだろうか。
 何度も観たくなる映画ではないけれど、一度は観てほしい作品です。


 というわけで、予告編。


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