その日暮らしの記
ぼやき日記

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ブラック・スワン

 久々に映画を見に行く。考えてみれば、こっちに戻って劇場に出かけるのは初めてなんだな。病気のこともあるが、相当気合い入れないと、見に行くことすら困難なのがこちらの事情。
 今更なのでストーリーははしょるが、前作「レスラー」もそうだが、主人公を追い詰めていく手法が、こんどは可愛らし系のN・ポートマンだけに、より一層いたたまれない気持ちのまま、最後まで突っ走る。ただ「レスラー」の場合は、自業自得と言うか、自分から進んであの状況を進んでいったのに対し、今回はどこにも逃げ道なく、(うわべだけの)仲間や友人はいても「親友」はいない、「彼氏」や「恋人」など「男」の影がまるでない(本人は否定する台詞があったが、きっと処女だろう)、家族も自分の想いをただ押し付けるだけの「母親」しかいない(彼女が祝いに買ってきたケーキをヒロインが断るとそのまま捨てようとするシーンの狂気を見よ)。これでは……。
 さらに冒頭から何度も繰り返される、ヒロインを後頭部からとらえたショット(そしてそれはヒロインの視点でもある)を見てもわかるとおり、徹頭徹尾ヒロインの主観によって描かれているので、追体験のごとくこちらの心も切り刻んでいく。あ痛たたた。
 D・アロノフスキーはとことん不快さを追求し、計算して、見ているこちらにさらけ出す。そこに垣間見える姿こそが、人間の本質とでもいうように。それはすごく成功していると思うし、実際楽しめたのであるが、その反面、どうにも意図意図しさと引用めいたオマージュの多用が気になった。
 「パーフェクトブルー」や日本の少女漫画的な要素については、あちこちですでに指摘されているようだ。個人的に見ながらずっと頭の中に浮かんでいたのは山岸凉子「テレプシコーラ」の千花ちゃんなのだけれども。彼女も自分を追い込んで追い込んでついには……。まあ、似ているそこぐらいなのだけれども。監督は結構日本通らしいので、そんなマンガの要素も取り入れたのかもしれないな……などと、最後は勝手な妄想なのですが。
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